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大阪高等裁判所 平成6年(ネ)1313号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人らは、控訴人に対し、各自、金三〇万円及びこれに対する被控訴人飯野敦子、同喜多和子、同岡田雅一、同岩井良貞及び同玉井英次については平成五年四月一一日から、被控訴人繁田智子については同年同月一二日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人らの各負担とする。

五  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因(但し、同4(三)を除く)について

原判決一〇枚目表四行目冒頭から同裏三行目末尾までに記載のとおりであるから、これを引用する。

二  抗弁について

次のとおり原判決を訂正等するほか、原判決一〇枚目裏五行目冒頭から同一六枚目表六行目末尾までに記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一〇枚目裏五行目の「利益」を「利害」と改め、同一一枚目表末行の「それがために」の次に「自然破壊や農薬使用による水質汚染など」を加え、同一二枚目裏六行目の「市町村関係課」を「市町村内関係課」と改める。

2  同一四枚目裏四行目冒頭から同一六枚目表六行目末尾までを次のとおり改める。

「4 そこで、被控訴人らにおいて、日産クレジットが控訴人会社に対して融資金返還の訴えを提起したとの事実が真実であると信じたことについて相当の理由があつたかどうかを検討する。

《証拠略》によれば、平成五年二月一七日付け朝日新聞夕刊に、「一七億円返還求めて提訴 日産クレジット」の見出しのもとに、「日産クレジットの不正融資事件に絡んで、同社は一七日、融資先の大阪市西区内の不動産業者に対して、金利の支払いが約一〇か月滞り、催促にも応じないとして、貸し付けた約一七億円の返還を求める訴訟を大阪地裁に起こした」旨の記事(朝日記事)が掲載されたこと、控訴人会社に強い関心を寄せていた被控訴人らは、朝日記事中の、日産クレジットから訴えられた相手業者というのは控訴人会社のことではないかとの疑いを抱いたこと、被控訴人らがそのような疑いを抱いたのは、(1)朝日記事の掲載が、日産クレジットの控訴人会社に対する不正融資事件で、同社の専務取締役を逮捕した旨の記事が朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞及び産経新聞(いずれも同年二月六日付け)等各紙で大きく報道された直後であつたこと、(2)朝日記事中の訴えられた相手業者の所在地が、当時の控訴人本社の所在する大阪市西区内であつたこと、(3)同記事中の「金利の支払いが約一〇ケ月滞り」という部分が、控訴人会社に関して既に報道されていた「昨年からの金利の支払いを滞るなど事実上、焦げ付いている。」(朝日新聞)、「金利の支払いも同年六月ころから止まつており、現在も約三〇億円が焦げ付いたままという。」(日本経済新聞)等の新聞記事と符合していたことによるものであること、ところが、こうした状況の中で、被控訴人岡田雅一が、知人の大阪地方裁判所の職員に出会つたところ、その職員が御堂開発が訴えられたね。」と声をかけられたので、やはりそうかと思い、同人にその件に関し分かることを調べて教えて欲しい旨個人的に調査方を依頼し、後日、同職員から、日産クレジットから訴えられたのは控訴人会社であり、当該訴訟は同裁判所民事二二部で扱い、期日はまだ入つていないが、三月中旬ころではないかとの回答を得たこと(但し、右職員が、何故、控訴人会社が訴えられたと判断し、どのような調査をして、右のような回答をしたかは明らかではない。)、そこで、被控訴人らは、右裁判所職員の回答をそのまま信用し、朝日記事にかかる訴訟は控訴人会社に対して提起されたものに間違いないと思い込み、それ以上の裏付け調査や確認をすることなく、編集委員会の決定を経たうえ、本件記事(一)を本件ニュース紙に掲載してこれを平群町内に頒布するに至つたものであることが認められる(ちなみに、被控訴人岡田雅一は、原審での尋問の際、裁判所職員の氏名を明らかにすることを拒否したが、そのことのみから直ちに同人の供述の信用性を否定することはできない。)。

しかし、前示のとおり、被控訴人らは、平群町町議会の職にあり、ゴルフ場建設反対議員の会を結成し、「反対議員の会ニュース」を発行する等して、控訴人会社の進めるゴルフ場建設に対する反対運動を行つていた者であるところ、控訴人会社が日産クレジットから不正融資を受け、その返済を滞り、巨額にのぼる貸付金の返還訴訟を提起されたという記事を右ニュース紙に掲載してこれを同町内に頒布することは、不動産業やゴルフ場の経営等を目的とする同社の名誉を毀損し、その企業としての信用を失墜させるおそれが極めて高いというべきであり、しかも、前示朝日新聞記事の内容からすれば、訴えの相手方は判明しているが、あえてこれを明示していない様子が窺われるうえ、当時その記事を本件ニュース紙(平成五年三月一日発行)で取り上げる緊急性があつたとも認められないことからすれば、前示のような立場に立つて反対運動を行つている被控訴人らとしては、本件記事(一)の掲載、頒布にあたつては、右訴訟の相手方が控訴人会社であるか否かにつき、たまたま出会つて声をかけられた裁判所職員の個人的な調査、回答で事足れりとするのではなく、更に事件当事者である日産クレジット等に事実関係を確認する等、慎重な裏付け調査及び確認を行う必要があつたものというべきである。

しかるに、被控訴人らは、そのような慎重な裏付け調査や確認をすることなく、朝日記事の内容の一部と控訴人会社の所在地、当時の資金状況等がたまたま符合していたことと被控訴人岡田雅一の知人である大阪地方裁判所職員の前記回答のみから、日産クレジットが控訴人会社に対して貸付金の返還訴訟を提起したものと信じ込み、本件記事(一)を本件ニュース紙に掲載し、これを平群町内に頒布したものであり、被控訴人らが特別の調査権限を与えられておらず、また調査能力も限られたものであつたことを十分考慮に入れたとしても、右は軽率の謗りを免れず、したがつて、被控訴人らが本件記事(一)に摘示された事実を真実と信じたことについて相当の理由があつたものと認めることはできず、同人らに過失がなかつたものとはいえない。」

三  請求原因4(三)について

そうすると、被控訴人らが本件記事(二)を掲載し頒布した行為は、不法行為を構成しないが、本件記事(一)を掲載し頒布した行為は、名誉権侵害の不法行為を構成するものといわざるを得ないから、被控訴人らは、控訴人に対し、右不法行為に基づき、控訴人がこれにより被つた損害を賠償する責任がある。そして、右行為が前示のとおり名誉毀損、信用失墜の危険性の高いものであつたことに照らせば、控訴人会社がこれにより名誉を毀損され、企業としての信用を失墜させられて無形の損害を被つたことは否定し難いと認めるのが相当であり、本件記事(一)の具体的内容、本件ニュース紙の作成目的や頒布した部数(約七五〇〇部)、控訴人会社の営業目的、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、控訴人が被つた損害額は金三〇万円と認めるのが相当である。

なお、控訴人は、損害賠償の請求に併せて謝罪広告の掲載をも求めているところ、《証拠略》によれば、被控訴人らは、平成五年四月二九日発行の「反対議員の会ニュース」第四号に、「ニュース三号の一部訂正」の見出しを付け、「再調査の結果、日産クレジットが提訴したのは大阪西区にある他の不動産業者であることが判明したため、全文削除します。」旨の訂正記事を掲載して、これを平群町内に頒布したことが認められること、その他前記諸事情に照らすと、控訴人の損害回復のための措置としては、右損害の賠償をもつて足り、謝罪広告の掲載を命ずる必要まではないというべきである。

四  結論

以上によれば、被控訴人らは、控訴人に対し、本件不法行為による損害賠償として、各自、金三〇万円及びこれに対する不法行為後で各訴状送達の翌日である被控訴人飯野敦子、同喜多和子、同岡田雅一、同岩井良貞及び同玉井英次については平成五年四月一一日から、被控訴人繁田智子については同年同月一二日から、各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、控訴人の本訴請求は、本判決主文第二項掲記の限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきであるところ、これと異なる原判決を右のように変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九三条、九二条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野 茂 裁判官 竹原俊一 裁判官 長井浩一)

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